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【意外と知らない日本の選挙制度】第2回:普通選挙法はどのように成立したのか

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◆ 意外と知らない日本の選挙制度シリーズ(全5回)
この記事は、日本の選挙制度について、仕組みや歴史的背景を整理しながら解説する 意外と知らない日本の選挙制度シリーズ の第2回です。制度の全体像を段階的に理解できるよう構成しています。

はじめに

今では「20歳以上であれば誰でも投票できる」ことが当たり前に感じられますが、これは日本の歴史の中で自然に与えられたものではありません。 普通選挙が実現するまでには、長い時間と社会の大きな変化、そして多くの人々の不満と運動が積み重なっていました。

本記事では、日本で普通選挙法が成立するまでの流れを、当時の社会背景とともに整理します。 選挙権が拡大していく過程を追いながら、日本の選挙制度がどのように形作られていったのかを見ていきます。

制限選挙から始まった日本の選挙

日本で初めて国政選挙が行われたのは、1890年(明治23年)の衆議院議員総選挙です。 しかし、この時の選挙は、現在イメージされるような「国民の代表を選ぶ選挙」とは大きく異なるものでした。

当時の選挙権を持てたのは、25歳以上の男性で、かつ一定額以上の直接国税を納めている人に限られていました。 その結果、選挙権を持つ人は人口のわずか1%程度に過ぎず、政治は事実上、一部の富裕層を中心に行われていたのです。

社会の変化が不満を生み始める

明治から大正にかけて、日本は急速な近代化を進めていきました。 工業化の進展によって都市に労働者が集まり、教育を受けた人々も増えていきます。

一方で、社会を支える多くの人々は政治に参加することができず、「税金を納めているのに発言権がない」という不満が次第に広がっていきました。 こうした声は、社会全体として無視できないものになっていきます。

大正デモクラシーと普通選挙運動

第一次世界大戦後、日本社会には民主主義を求める気運が高まりました。 この時代の流れは「大正デモクラシー」と呼ばれ、政治や社会運動、言論活動が活発化していきます。

その中で重要なテーマとなったのが、普通選挙の実現でした。 各地で集会や運動が行われ、新聞や雑誌でも普通選挙の是非が盛んに議論されるようになります。

議会内での抵抗と慎重論

しかし、普通選挙の実現に向けた動きは、必ずしも順調に進んだわけではありません。 当時の政府や一部の政治家の中には、政治の不安定化や急激な社会変化を懸念する声もありました。

そのため、普通選挙法案は何度も提出されながら、成立には至らない状況が続きます。 それでも、社会の変化と世論の高まりは、少しずつ政治の方向性に影響を与えていきました。

1925年、普通選挙法の成立

1925年(大正14年)、ついに普通選挙法が成立します。 これにより、納税額による制限は撤廃され、25歳以上のすべての男性に選挙権が与えられました。

選挙権を持つ人の数は一気に増え、政治は初めて広い国民を意識したものへと変化していきます。 日本の選挙制度は、ここで大きな転換点を迎えました。

同時に制定された治安維持法

ただし、普通選挙法の成立は、民主化が完成したことを意味するものではありませんでした。 同じ1925年には、治安維持法も制定されています。

これは、国家体制を脅かすとされた思想や運動を取り締まるための法律でした。 このように、選挙制度の拡大と社会統制の強化が同時に進められたことは、その後の日本の政治の在り方に影響を与えていきます。

普通選挙は通過点だった

普通選挙法によって、日本の選挙制度は大きく前進しました。 しかし、この時点ではまだ多くの制限が残されていました。

女性には選挙権がなく、思想や言論の自由にも制約が存在していたのです。 普通選挙の実現は、あくまで次の時代へ向かうための通過点でした。

まとめ

普通選挙法は、政府から一方的に与えられた制度ではありません。 社会の変化と人々の声が積み重なった結果として成立しました。

この背景を知ることで、現在の選挙制度もまた、歴史の延長線上にあることが見えてきます。 選挙制度がどのように形作られてきたのかを理解することは、制度そのものを考える手がかりにもなります。

次回予告

次回は、普通選挙が始まった後、日本がどのように戦前・戦中の選挙制度へと進んでいったのかを整理します。 制度がどのように変化し、どのような影響を及ぼしたのかを、時代の流れとともに見ていきます。